・ダイの大冒険(漫画)
※はじめに
参考資料前提
公式パーフェクトガイドブックの件 原作には載っていない情報が載っています。
この本の作成ですが、三条先生が直接手掛けられています。(竜の紋章BOX記載)
設定資料はあるし自分で書いた方が早いからという事だったようですね。
ということは枠外の解説は三条先生本人のコメントなので超重要ですよみなさん。
【私見・コンビニ版の記事について】
2001年から発行されていたコンビニ版のミニコーナー記事ってだれが書いていたんだろうっていう話。
編集部となっていたので誰が書いているかは不明。結構踏み込んだ特集でしたので昔からここの扱いについては議論あるところ
この時期ですね三条先生はDRAGON QUEST IV外伝 -地獄の迷宮- を原作者として関わっていたので、集英社と丁度お仕事をしている時期ですよね。というわけで、確認をしている可能性はあるけど、どうだろうね。賛否ある記事ですので。
※下記はヒュンマありがとう本より再録抜粋したものになります。
アニメレビューを書くにあたり原作者の方たちの前提を考えてみました
・何を伝えたいのか
・ストーリーがどう作られ肉付けされていったのか
・キャラクターをどのように作っているのか
を整理した方がいいかと思い記載しています
余談等追加しておりますので依然見ていただいた方もアップデートをお楽しみください。
・三条先生はダイの大冒険で何を伝えたいのか
ジャンプで掲載するときに三条先生が作品にて、狙ったという層がどこかという話が先日ラジオでありました。
※2023/11/27 TOKYO MAAD SAINのマシリト、ぶいさん、稲田先生、三条先生出演ラジオにて。
低学年の子供たちが入りやすい物語をジャンプの戦略的に意識したと話していました。
そう思うと。2020年読んでいた人が親になり、その子供たちにむけたIP戦略を前提としたアニメ化についてはまた望むところだったのではないかと感じるところ。
・こどもたちに向けた物語のテーマは
「正義は勝つ」「優位な悪側に対してどう立ち向かうか」
「正義側は制約がある、尋常じゃないものを賭けたり捨てたりして挑んで勝っている」
子供たちにむけた物語だということは再三ほかの媒体でも話しています。
ここは重要なのでぜひ見て下さい※1
『子どもたちに「正義が勝つ」ところは見せてあげたいのですが、「正義は勝つ」だと正義側が勝つのが当たり前のようで重みも面白みもないかな、とは思います。基本的に自分は同じ戦力なら正義より悪の方が強いと思っていますので。悪は常識をはみだせるし、ルールも守らなくていいですからね。最後には正義が勝つと信じたい、でもそこに至るまでに優位な悪側に対して正義側は尋常じゃないものを賭けたり捨てたりして挑んでいるんだ、ということをきちんと描くということが自分の作劇上の注意点かな、と思います。「正義側が勝ったけど、それは普通のことじゃないんだな」と子どもたちに伝われば、ベストですよね』
伝えたいこと、子どもたちの成長の際、なかなかできないけど大事にしたいこと。それを伝えたい
そう思うといろいろ見えてくる。
・ストーリー構成
1つのシリーズで10話20話というシリーズ構成 結構カチッと最後まで決める。
・三条先生のキャラ作りのセオリー
キャラを考える時、一緒にゴール地点も決める。 (生き様)そのゴールを絶対に変えない。
そうすると途中で物語が延長したり、寄り道してもブレずに行ける。
着地作業をすべてのキャラでしっかりやることでストーリー全体が引き締まる。(おとなふぁみより)
※キャラクターの設定というか人生を設計を事前にしているから、展開かわってもキャラがぶれないのでしょうね
・当初の物語のプランについて
「1年か2年くらいで物語が完結する予定だった。丁度2年くらいでバラン編。バラン編のあとは一気にバーンとたたかわせておしまい!」
「だから、アバンはデルムリン島でのハドラーとの死闘の末に死んだままだし、ポップもバランに放ったあのメガンテで死んでしまって、そのままのハズだったんです。」とコンビニリミックス版インタビューで語っていました。
※ダイVS大魔王最終章編⑥ 今だから話せる『ダイの大冒険』のすべてより
尚、パーフェクトブックにも同様の記載があります。 (P72欄外)
当初ダイは1~2年連載を予定してたため、本来ならばこのバラン編の直後にバーンが現れて完結の予定だったらしい。
その通り進んでいたら、ポップはそのまま死亡、バランもダイに倒され、即最終決戦という展開になっていたはずだが、人気が高かったため連載続行となり物語構成が変わったのだ。
※物語構成とは
構成とは、いくつかの要素を組み立てること。「テーマ」「プロット」「キャラクター」等
※「テーマ」と「ストーリーの背骨」を決めた上で、物語に必要なエピソードや自分が書きたいエピソードを追加したり順番を変えている
テーマとキャラクターは変えないのでエピソードを追加したり順番変えたりしている
当初から追加されていったエピソードがあるという事です、ではそれはどういう形なのでしょうか。
・シナリオ変更について※追記しました
連載延長にあたりマァム転職が決定。(91年)
キルバーンの登場を決めたことでアバン先生の復活も決まったようです。
尚バラン編でマァム不在にしたのは、「最大の理由は慈愛に満ちた女性なのでバラン編の雰囲気にそぐわないと判断。
バランがマァムから説得されれば心がゆらいだのだろうか?」とパーフェクトブック欄外にコメントがありました。
なので、延長のため転職決めたから不在になったわけではなさそうです。もともと不在だったのかも
当初マァムのザムザ編での活躍は予定されていない、※アニメ編から入った読者サービスのため
物語構成を変えてザムザ編、鬼岩城編を進めて(世界会議、巨大鬼岩城等)物語を伸ばす意図もあり
各キャラを掘り下げる親衛騎団編を新たに作成したようです。
ダイ、マァム、ヒュンケルの内面を描かんとした意図があったとか。(パーフェクトブックP75、76より抜粋)
【ひとりごと・マァムの当初の修行理由】
もしかしたらマァムは修行以外の理由で離脱したかもしれない、当初プランは気になるところです魔弾銃壊れたからそこの理由とは思うけど。
【鬼岩城編の事】
あと鬼岩城編はもとからの構成エピソードが変わって入っている可能性が高い(これは私見ですが)
【ミストとの闘いについて】
多分ミスト戦は本来最終決戦の前にあったと思う、
三条先生のダイセオリーに、強敵とは2度戦うので、対ミストのヒュンケル空の技習得的なイベントはありそう
※2回のリターンマッチ形式は意図的『ダイの大冒険』はガメラ形式という言及あり。
さて以上の前提から、導き出せるのは…
関係性についてもともとの構成から見るべきことは
・バラン編までを見て基本を確認
・フレイザード編までの関係性
バラン編の周辺 を見ていくと、基本が見られるともいえる。
当初プランはバラン編(ポップ生き返ってない、先生いない)で最終決戦
ならばフレイザード編までは当初予定通り
延長決まったあとのバラン編は少し設定を変えてる
以降の展開は生き様が、深まり、深堀する、されども結論は変わらない。
じゃあそれはなにかってことを見ていくといいかなと。
ザムザ編は当初予定にない(マァム転職イベント)鬼岩城編はエンタメ性の追加。
親衛騎団編は、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルの内面の深堀、敵方の深堀となれば。
基本ダイとレオナとポップとマァムとヒュンケルのの関係が基本線だと思われます。
【追加エピソードへの考え方について】
誤解なきようにしたいですが、結論変わらないから追加がなくていいというわけではなく、
より深みを増すエピソード作りは、心にのこる物語として大事と思います。この追加があったから
より人気を博し記憶に残る作品になった側面はあると思います
【先生の復活】※追加
キルバーン登場は延長後にきまったようだキルトの対決のため復活が決まる
先生のからむ、「誇りです」「いかに大切か」などはもともといなかった人なので追加だろうし
深めるエピで、それは発生しようがしまいがもともとここに到達する要素はあったと思ってみてもよさそうです。
勇者アバンについてで、アバンは空白の期間があるため設定を付けやすいような話を三条先生がされていました
※生き返らない予定だったとすればうなずけます。だからこそ勇者アバンの作成が可能だったのかなとも思いました。
【ラーハルトの復活】
本編の終盤でラーハルトを復活させたのは、ダイがドラゴンの騎士として魔界で活躍する続編への伏線との記載があります、
そのため延長時、追加条件としてヒュンケルに後を託す設定があったと思っていいのかなとも思いますが、
魔界編構想が最初からあったとしたら、元からかもしれない。聞いてみたいなー
【恋愛5角形の形について】
・メルルは追加された存在なのか
メルルは、元々あまり先生からの言及がない。
とアニメ化1周年時の記念番組内にて
ポップの元々の好みはメルルのようなタイプ、でも好きになったのはマァムってのがうまくいきませんよね、
三条先生言及はあった。
また最終決戦にてメルルの能力がないとという話もされていた。
バラン編からの登場からであるが、当初から恋ごごろを見せ、最終決戦にまで直接関わっておりました
マァムが離脱時に入れるヒロインというところまでは設計に入っていたかも
ですが、延長決定後にポップが最後まで生き残る設定で変えた可能性もあるので不確定要素
・エイミについて
登場としてはフレイザード編から登場ではあれどその部分ではかかわらず
鬼岩城後で役割に変化があった鬼岩城以降で恋ごごろの発露があったため、元々予定にはなかったようだ。
重要な場面である戦火の告白はヒュンケルの内面を描くための伏線であったという記載があります
(パーフェクトクトブックP76より
下記引用:
エイミがヒュンケルに恋心を抱くという設定は、まさにこのための伏線であった。
第184話において、ヒュンケルの強さの裏に隠された苦悩を見せたかった故なのだ。
すなわち「戦火の告白」をしているのは実はヒュンケルの方なのだ。
役割としてそんな役回りになってしまったというニュアンスを先生が以前おっしゃっていたような記憶があるのですが。
原文をまだみつけていない、直接的な言及じゃなかったのかも。
【おまけ魔界編】
今後もし続編を書くとしても、今の世相に合わせて当時の物語構想を変えるということだけはしないでしょうね。
クラシックが再び奏でられることがあったとしても、永遠にクラシックとして紡がれていくべきだと思いますから。
と以前インタビューで語っております
【勇者アバンの延長について】
魔王を倒したあとも延長が決定しました。勇者と魔王がいるかぎり続くとのことで
魔界編のあたりまで先生の視点で書かれていく可能性はあるなとも思います
【参考インタビュー】
※1「正義は勝つ」作劇の注意点 漫画のバトルは過程が大事 勝手に化けたキャラはハドラー
2023-05-20 (ORICON NEWS)
https://www.oricon.co.jp/news/2279675/full/
『獣電戦隊キョウリュウジャー』など特撮の脚本を担当しておりますが、『ダイの大冒険』も含めて「正義は勝つ」という王道の結末が決まっています。その結末に向かって、主人公の困難や敵を魅力的に表現していくかと思いますが、物語を作るにあたって大切にしていること、決めている制作の過程、苦労している点があれば教えてください。
※3 オトナファミ2013年1月号 作家たちが振り返るドラゴンクエスト漫画メモリアルより
先生のキャラ作りのセオリーは?
僕自身はキャラクターが物語を作ると思っています。だからキャラを考えるときには一緒にゴール地点も決めたい。そのオチを絶対に変えないと決めて進めば、途中で物語が延びたり寄り道してもブレないでちゃんと着地できる。その作業をすべてのキャラでしっかりやることでストーリー全体が引き締まると思います。
最後に、今、もし続編を書くとしたら?
当時、読者からも編集部からももっと続けてほしいという意見はありました。僕も念のためヴェルザーのいる冥界のような世界の存在を伏線として用意して、構想だけは練っておきました。ただ連載後半の頃は稲田さんの体力も限界で、僕もバーン編で終わらせることが物語として最良だと思っていた。だからその事情と心情を編集長の鳥嶋さんに伝えたら、納得いくペースで締めていいよって言ってくれて、最後は綺麗に余裕を持って書かせてもらえました。今後もし続編を書くとしても、今の世相に合わせて当時の物語構想を変えるということだけはしないでしょうね。クラシックが再び奏でられることがあったとしても、永遠にクラシックとして紡がれていくべきだと思いますから。
※4パーフェクトブック P68 堀井お話はどこまで考える?
一つのシリーズで10話20話っていう量のシリーズ構成表を作って稲田先生や担当と打ち合わせして書いていきます。結構ラストまでカチッと考えるタイプなんですよ。
ぼくはキャラ考えるとまず漠然とそいつの生きざま浮かんじゃうんですよこうしてこうやって死ぬんだろうな。、とか。こう死ぬんだからここでこう言わせておこうって感じでどんどんネタをもっていけるようになるんです。
※6
──稲田先生を投影して書かれたということですか? それとも、稲田先生がダイに入り込んでいると感じたのでしょうか。
両方ですね。『ダイ』だけじゃなくて『ビィト』もだけど、稲田先生はやっぱり主人公とヒロインに強く感情移入してるんですよね。だから僕がダイを書いてるときには、ダイは稲田先生、自分はポップだと思うとやりやすかったですね。実際、稲田先生と打ち合わせしていると、このキャラはこういう言い方しないんじゃないかな、って指摘は、ダイやビィトについてが圧倒的に多いんですよ。僕よりも稲田先生の方が一番主人公をわかっている(笑)ので、主人公とヒロインに関しては、稲田先生がコーディネートしやすいよう作って、自分の好みは2人目の方で出しています(笑)。
・三条先生のアニメ制作へのかかわり方
ご自身が積極的にかかわるというより
質問が来たら、前後と整合性取れないときは修正意見を言うが、基本脚本段階での作品補強というところのプラスになることが基本、こんな風にやってもられたらうれしいとか答えるという形だったようです。(この姿勢は風都探偵でも同様エピソードがありますのでかかわり方としてスタンダードなのかも)
ダイの大冒険企画スタッフが信頼に足るとの印象を持たれているのだなということも語られています